グリーンルーム代表・釜萢直起氏が振り返る 「GREENROOM FESTIVAL」15年の歴史

-2010年に大さん橋ホールから、赤レンガ倉庫に場所が移ります。

2008年くらいから会場の揺れの問題があって。大さん橋ホールは床がウッドデッキで、毎年キャパオーバーで床が痛んで弁償代を払ったりなんてことも。

-2009年の東京スカパラダイスオーケストラのステージではかなり床が揺れたというのも以前話されていました。

そういうこともあって、2009年には会場側からこの規模で継続することにNGが出てしまったのと、フェスのキャパシティ的にも限界を感じるようになった。でも僕らは横浜からは出たくなかったから、対岸に見えてる赤レンガに移りたくて色々と交渉をしたんだよね。

-交渉はスムーズにいったのですか?

いろんな関係者が助けてくれて、なんとか許可をもらえたって感じかな。もしうまくいってなかったら、フェス自体が存続できてなかったと思う。大さん橋ホールでの最後となった2009年は、あの形での理想に近くて、手応えがあったら、場所が変わるというのはグリーンルームにとってかなり大きい決断だったね。

-2009年はある意味、完成形という感じだったんですね。

そうだね。逆に2010年はまたゼロからステージの場所を考えたり、ステージ数も増やしたり、新しいチャレンジだらけだった。さらに2010年にハワイのワイキキにグリーンルームギャラリーを作ってアーティストをサポートしていく体制を整えたり、他にも映画の配給をはじめたりと、自分たちの表現の幅を少しずつ広げていって、しっかり形にしていくタイミングだった。2009年に完成形を作れたからこそ、次のステージにいけた感じかな。

-新しいスタートでもあった2010年のフェスで印象に残っているシーンはありますか?

リッキー・リー・ジョーンズのライブが特に印象に残ってる。外だったというのもあるんだけど、雨に加えて、かなり気温も低くて。でも本当に良いライブだった。他にもGラヴ、アレステッド・ディベロップメントも出てくれたりとか。マウンテン・モカ・キリマンジャロのライブもかっこよかったなあ。あとは船のステージも赤レンガに移ってからで、横浜の夕日とか夜景も体験してほしくて始めたんだよね。

-場所をうつして2年目の2011年には、開催2ヶ月前に東日本大震災が起こりました。

いつも楽しんでいる海だったり、波だったりというものが、津波として東北を襲って、フェスとしてどうすべきかということは本当に悩んだ。4月はほとんどのフェスが自粛していたし、5月開催のフェスとしてそもそも実施するかどうか。海外のアーティストは全部キャンセルという状況だったんだけど、みんなが海を嫌いにならないように、そういったメッセージをちゃんと発信したいなと思って、もう一度ブッキングをはじめて、ハナレグミの出演が決まったりして、なんとか開催までこぎつけた。辛いこともたくさんあったけれど、忘れられない1年だった。フェスの後にドノヴァンと東北に行って、サーフショップをまわったり、実際にサーフィンをしたのもよく覚えてる。

2011年

-この頃、他の中堅フェスがなくなっていくみたいなこともあった中、2012年以降はどんどんグリーンルームの認知度も上がって、動員も増えていったように思います。

外から見たらそうだったかもしれないけれど、個人的には2012年頃はまだまだ苦しかった印象が強いかな。10年目くらいまでは本当に頑張らないといけない状況だった。毎年前年を超えていくのが目標で、とにかく続けていくしかないという感じだったかな。

-10年を超えた2014、2015年あたりから状況が変わったという感じですか?

このくらいからやっとブッキングがスムーズにいくようになってきた。色んなアーティストが出演してくれるようになって、そのアーティストが徐々に大きくなっていくというようなこともあったり。あと2014年にジミー・クリフが出たときは感動して泣いたなあ。まさか自分たちのフェスに出てくれる日がくるなんて思ってなかったから。今こうやって振り返ると、大きくなったんだと改めて思うよ(笑)。

2014年

-初開催から5年たった2009年に一度大さん橋ホールでの完成形ができて、さらにそこから5年ほどたった2015年あたりに状況が変わってきたということで、5年周期でフェスが新しい形に到達していくイメージですが、そういった実感はありますか?

そう言われるとそうだね。場所が変わったりすると理想の形に持っていくのは5年くらいかかるのかもしれない。会場の使い方とかブッキングとかも踏まえると。

-それではここ数年で印象的だったエピソードはありますか?

このあたりからは記憶も鮮明だね(笑)。一つに絞るのは難しいけど、チャカ・カーンのライブは特に印象に残ってる。膝のコンディションが限界の状態だったんだけど、なんとかライブをやってくれて。当時横から見ていて、緊張と興奮が入り混じった時間だったね。最近は当日もライブをゆっくり観れるようになってきて、純粋にフェスを楽しめているのも嬉しいかな。


-一気に「グリーンルーム・フェスティバル」の15年振り返ってもらいましたが、いかがでしたか?

9年以上も赤字を続けてきた中で、毎年アクセルを踏み続けてきて、フェスとしては止まらずにやってこれたかなと思う。1年1年の積み重ねでしかないので、これからもそれを続けていきたいね。さっきも5年周期って話になったけれど、2015年から5年経った2020年にはオリンピックが開催されるし、サーフカルチャーを謳い続けてきた僕らにとっても大事な年になると思ってる。

-サーフィンがオリンピック競技としてはじめて行われます。

フェスをはじめた15年前のことを考えると、日本でオリンピックの競技としてサーフィンが行われるなんて想像もしてなかったから感慨深いね。グリーンルームとしては15周年の次は20周年に向けて頑張っていけたらと思います。

-それでは最後に何かありますか?

今日は記憶をたどりながらだったから、ほとんどまともなことを話せたか分からないけど、最後に今年の告知していい?めっちゃブッキング頑張ったので(笑)。

-もちろんです。次回予定しているフェス主催者対談の中でお聞きしようかと思っていましたが、今回も語ってください。

まずはトム・ミッシュ。去年「サマーソニック」で観てめちゃくちゃかっこよくてオファーし続けて実現できたんだよね。あとレオン・ブリッジスは個人的にすごい好きで、ブッキング決まってからグラミーの流れもあったからチェックしてほしい。フィッシュボーンは去年のサブライムの流れも意識してる。あと日本勢だとKICK THE CAN CREWとKREVAが2日間で交互に出てくれるのも見所かな。若手も納得のいくブッキングになったらぜひ2日間楽しんでもらえたらと嬉しいです。

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