誰もが主役になれる場所——プリマヴェーラ・サウンド2025の包摂性

2025年6月にスペイン・バルセロナで開催された「Primavera Sound Barcelona 2025」(プリマヴェーラ・サウンド)に参加した、Festival Lifeでもお馴染みのフェス研究者・永井純一氏のレポートが到着!

ラインナップや来場者から感じた”フェスの批評性”、フェスが掲げる「Nobody is normal」というメッセージとは?

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永井純一

関西国際大学現代社会学部准教授。博士(社会学)。国内外のフェスをめぐり、社会との関係を研究する。著書に『ロックフェスの社会学——個人化社会における祝祭をめぐって』(2016、ミネルヴァ書房)、『私たちは洋楽とどう向き合ってきたのか』(共著、2019、花伝社)、『音楽化社会の現在』(共著、2019、新曜社)、『ライブミュージックの社会学』(共著、2025、青弓社)など。

1.フェスにおける批評性

かつて、これほどまでにフェスの持つ批評性やその可能性について考えさせられたことはなかった。ここでいう批評性とは、既存の価値観や社会状況を切り取ってみせたり、社会に対して何らかの問いを投げかけたりすることである。プリマヴェーラ・サウンド2025は、フェスがただの娯楽や消費の場ではなく、ステートメントやメッセージを発する場であることを、強く感じさせるものであった。

特筆すべきはその意思表示を主にラインナップで示したこと、つまり3日間全てのヘッドライナーに女性アーティストを起用したことである。過去にも、昨年メキシコで開催され48,000人を動員したFestival Hera 2024(ヘラ・フェスティバル)や、アメリカで1997〜99年に開催されたLilith Fair(リリス・フェア)など、女性がヘッドライナーを占めるフェスティバルがなかったわけではない。ただし、それらの多くはそもそも「女性」をテーマにしたものであった。プリマヴェーラが画期的なのは、それが20年以上継続的に開催され、30万人近い観客を動員するインディ系ロックフェスティバルだという点である。インディペンデントでありながら、存在感を発揮するプリマヴェーラがこうしたブッキングをすることは単なる話題づくりではなく、明確なメッセージであった。

2.象徴としてのヘッドライナーたち

しばしばフェスには「誰が出るか」が語られるが、「誰と誰と誰が出るか」というラインナップとして語られることで、その批評性は鮮明で立体的になっていた。チャーリーXCX、サブリナ・カーペンター、チャペル・ローンは、それぞれ異なるスタイルを持ちながらも、いずれもクイア文化に影響を受け、LGBTQ+に親和的という共通点を持っている。

印象的だったのは、会場を入ってすぐのエントランスに設置されたパワーパフガールズのモニュメントだ。いうまでもなく「戦う女の子」たちをヘッドライナーの3人になぞらえたのである。なお、もっとも売れていたオフィシャルTシャツも、このモチーフを用いたものであり、フェス全体の象徴的役割を果たしていた。それは2022年のサマソニでのミーガン・ジー・スタリオンをはじめ、リゾなど女性アーティストがしばしば用いるセーラームーンのコスプレ風衣装とも連なる、ポップカルチャーを通したエンパワーメントやガールフッドの表出である。

3.ノーバディ・イズ・ノーマル——継続する姿勢

会場にはそうしたメッセージに呼応するように、多様性に満ちた人々が集まっていた。様々な年代の男女がフェスティバルに参加していたが、全体を通じて目立ったのは、若い女性たちのグループとLGBTQ+のカップルである。あくまでも個人的な体感レベルでいえば、チャーリーとともにヘッドライナーをつとめたトロイ・シヴァンが登場した1日目にはゲイのカップル、サブリナ・カーペンター、YOASOBIが登場した2日目は若い女性とアジア系がやや多いといった具合にラインナップによって来場者のテイストは違った。そして、ドラァグクイーンの影響が強いチャペルが登場する最終日は、LGBTQ+の象徴であるピンクを取り入れたカウガール集団をはじめ、とりわけ自由で個性的な装いの参加者が多く、文字通りのお祭り騒ぎであった。「どういう人たちに来てほしいのか」をフェス側が明確に示し、それに反応した人々が集まったといえるだろう。異なるコミュニティが一箇所に集まると、混乱や対立が生じてしまうことがある。フェスにおいてそれは、しばしば「あいつらが出るからこんな客が来る」といったネガティブな反応にも繋がる。

しかし、プリマベーラではそうした分断やヘイトはまったく見られなかった。なぜなら、「Nobody is normal」という理念が徹底されており、フェスティバル自体が誰もが安心して来られる場を意図的に設計していたからだ。それは性的暴力及びハラスメントやマチズモ、トランスフォビア、ホモフォビア、レズボフォビアに対抗するアクションプランである。2箇所の相談ブースが会場内に設置されるだけでなく、多様なジェンダー、セクシュアリティ、人種などで構成された専門スタッフが会場内を巡回し、暴力やヘイトを未然に防いでいるのだ。「Nobody is normal」は、LGBTQ+コミュニティへの支援と尊重をフェスの運営方針にまで昇華させたものであり、プリマヴェーラは特定の人々が居心地悪くなるような設計をしておらず、ヘイトスピーチを許さない。逆に、どんな人も「ここにいていい」と思える環境を整えているのである。

プリマベーラのこうした姿勢は突発的なものではなく、長年の積み重ねによるものである。2017年、ヨーロッパでは音楽業界のジェンダーイコーリティの是正を目指し「Keychange」というムーブメントが発足した。2018年に公表された最初のマニフェストには「2022年までに出演者のジェンダーバランスを50:50にする」という目標があり、当時130以上のフェスティバルがこれに署名した。 なお、このレポートによると当時のアメリカのフェスティバル出演者のジェンダーバランスは[男性:女性:混合=76:14:12] であった。このバランスは今日でも大きく変わっていない。

これにいち早く反応したプリマヴェーラは、2019年のラインナップで早くも目標を達成するとこれを「New Normal」と呼び、継続する意向を示したのである。この姿勢はフェスティバルの方向性を決めるものであった。2025年のラインナップの布石となっただけでなく、Nobody is normal、若い女性アーティストのためのステージ Levi’s Plazaなど、さまざまなユニークな試みにつながっている。

4.ただそこに「いる」ことが許される場所

今回のプリマヴェーラのヘッドライナーは女性であるだけでなく、総じて若かったため、大規模フェスのヘッドライナーを務めるほどの十分なキャリアを積んでいないのではないかという声がなかったわけではない。また、その背景には物価高や制作費の問題といった現実的な制約があったのかもしれない。それでもこの構成を実現した意味は大きい。ステージ上では、経験不足は実力不足に由来するのではなく、そもそも女性アーティストにチャンスが回ってこないという構造的な問題だったのだと認めざるをえないような、圧巻のパフォーマンスが続いた。しかし、なによりも印象的だったのは、参加者を含めた会場全体の雰囲気の良さだった。殺伐とした空気が一切なく、むしろ「ここにいていい」と感じられるような、温かいコミュニティがそこにあった。

最終日、チャペル・ローンのパフォーマンスが特に心に残っている。終盤でプレイされた、自身のセクシュアリティへの違和感やそれと向き合う「Good Luck, Babe」や、やっと見つけた自分が自分らしくいられる場所を歌った「Pink Pony Club」は、あの場所で合唱されるのに相応しい楽曲であり、そこにいた全て人々が共鳴するような瞬間を生んでいた。それは、「祝祭」としてのフェスの本質を垣間見せてくれる体験だった。もちろん音楽が中心ではあるが、主役はやはりそこに集まる人びとである。好きな服を着て、好きな人と手を繋いで、好きな音楽を聴く。当たり前のようなことだが、それは素晴らしい体験である。そこでは誰もが自己肯定し、お互いを讃えあっていた。人は自分自身を祝福するためにフェスティバルに来るのだ。音楽フェスティバルという形態が持ち得る最大のポジティブな力を目の当たりにして、そのようなことを考えた。

Text:永井純一
Photo:Primavera Sound Barcelona Official

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取材協力:
スペイン大使館観光部
URL:https://www.spain.info/ja/sotogawa/supein-kankoukyoku-toukyou-nihon/

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