各国の文化が入り交じったモロッコ

西アフリカの3国、モロッコ、アルジェリア、チェニジアを総称してマグレブと呼ぶ。
マグレブとはアラビア語で「日の没する大地」。
かつて「日の出ずる国」と称された日本とは対照的なロケーションである。
この3国の中でも一番西に位置するのがモロッコだ。
モロッコはかつて、ヨーロッパ、アフリカ、アラブをつなぐ交易の十字路として重要な役割をしてきた。
その為、ベルベル&アラブ文化をベースに各国のエッセンスが加わり多彩なミクスチャー文化をもつ国。
スペインのアルへラスから高速船でまずか1時間、わずか14kmという距離にあり、まさにヨーロッパからアフリカへのゲートウェイと言える。
モロッコ到着でまさかの入院

スペインからモロッコのマラケシュに渡ってきた僕らは、ジャマ・エル・フナ広場近くのホテルへ向かった。
しかし、ここでまさかのダウン。
実は、スペイン最終日にフラメンコショーを観たのだがその時食べたものが不運にも腹にあたり、この旅はじまって以来の「下痢」「嘔吐」「熱」が止まらなくなったのだ。
ホテルに到着後、すぐにマラケシュの病院へ向い熱を計ると39.6度。
食中毒だったらしい。
すぐに入院し、1日点滴を打ちつづけ回復はしたものの、モロッコ初日からこんなスタートにがっくりくるのであった。
モロッコの公用語は、アラブ語とフランス語。
医者や看護婦と身ぶり手振りで意思疎通を計るのは、想像以上に大変だった。
これほどまでに、海外の病院で恐怖を感じたこともはじめてだったのだ。
1泊2日の砂漠ツアーに参加


まさかの入院からはじまったモロッコだったが、本来の目的であった「砂漠ツアー」にも参加してきた。
朝6時マラケシュのホテルを後にし、小さな乗り合いバンで砂漠の街ザゴラを目指す。
マラケシュの街を1時間ほど走るとアトラス山脈を通過し、車窓から見える風景は、街の喧噪から赤茶色の岩山に変わってゆく。
アトラス山脈を超えると、サハラの入り口であるワルザザートという街にたどり着いた。
ここから西へ33kmの地点のアイト・ベン・ハッドゥという村は、映画のロケ地としてもよく使われる場所で「アラビアのロレンス」や「グラディエーター」などの撮影も行っていたらしい。
街を歩くと、アラブのターバンを頭に巻いた商人が、怪しいランプや絨毯などを売っている。まさに、映画の世界だ。
この村で一休みして、一気に砂漠まで向かう。ここまでで、10時間くらいは移動していた。
砂漠に着く頃には、外は真っ暗で満天の星の中をラクダに乗って移動する。
今まで見たこともないくらいの星の数が夜空に広がる。時折流れる星も、何回も見ることができた。
1時間ほどラクダで移動し、ベルベル人が住むテントに到着。
軽い食事をいただき、夕食後は砂漠でたき火を囲んで祭りがはじまる。
ジャンベのような太鼓を叩いて、皆で踊り歌を歌う。空は、満天の星が埋め尽くす。

ここには何もいらない。
音楽と笑顔があればピースなんだなと僕は、浅はかにも思ってしまうのであった。
そして、一生忘れない思い出になったことは言うまでもない。
モロッコにきて良かった。砂漠に来れてよかった。
世界は思っていた以上にシンプルにできている。そして、一番大切なことも。
そんなことをモロッコでの旅で感じたのであった。






